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自立の必要性

労働は遊びでなければならない。それが太古の人間の知恵でした。近代以降、労働の本質は苦痛となり、マニュアル化の進んだ現代では、さらに加えて非人間的な度合いを強めています。一方、第四次産業革命により機械の能力が飛躍的に進歩しようとしています。これからどうなっていくかは、明らかであり、現代の労働は機械に取って代わられていきます。このような流れの中で、個人は人間本来の能力を取り戻し、人間にしか出来ないことやらなければならなくなります。すなわち、個の可能性を徹底して追求し、社会から自立した個人になっていく必要があるわけです。

社会からの自立

  • 【現代社会における労働の苦痛】
    20世紀以降の時代、地球規模で人類の歴史上かつてないほどの人間の均一化が進められています。文明が生み出してくれる利器や情報を休むことなく貪り、自然環境を破壊しながら地球資源を無意味に消費しつづけ、目前の刺激に反応することの繰り返しだけの人生を送る文明によって飼いならされた単なる動物としての人間、教育・メディア・社会が一体となって地球に生まれた人間すべてをそのような存在へと仕立て上げようとしています。このような人々の集合体の作りだす経済と社会には次のような顕著なる特徴があります。「誰かの金儲けに役立つことにのみ価値がある」。技術でも学問でも教育でも芸でも宗教でも思想でも行政でも、文化のあらゆる分野がこの価値観に寄与することによってのみ存続が許される、そのような文明が見事なまでに実現しています。そのため、人が生きていくため労働を選択するとき、雇われて生きる道を選んでだとしても、自営の道を選んだとしても、いずれにしても自分の人生の時間の大半を「誰かの金儲け」のために捧げなければなりません。近年日本では、少子高齢化を背景に、定年後も身体が動く限りそのような生き方を続けなければならないという考え方が強力に推し進められています。この生き方に従うことは、自分の人生を人間との生き方とは言えないものにされてしまう可能性が高いと言えます。
    現代における労働が、非人間的な世界であることは、一般の人がそれを長時間実践すると、鬱病などの精神障害になってしまうことが知られていることからも理解できます。目前の刺激に反応することを繰り返すだけの生き方を選び、社会に適応することだけを考えている人は、抗する力もなくこのような現代社会のシステムの中に組み込まれていくことでしょう。
  • 【労働の本来のあり方】
    人類の深層意識の中で労働とは「堕落したことに対する懲罰」でした。これについての例としては、旧約聖書の創世記にある堕落したアダムに対してかけられた神の呪いの記述をあげることができます。同時に人類は意識の奥にあるネガティブな労働観に対抗するべく、労働を遊びとし、それを楽しく生きがいをもって行えるような方法を徹底して追求したのです。その痕跡は、現在少数民族と呼ばれる人々の間に伝承されている文化の中に残っています。そこでは、日々の労働を自然界と人生のリズムに従って行い、お祭りと呪術的儀礼をその合間に隙間なく入れていきました。色鮮やかな民族衣装、奇想天外な祝祭と呪術の造形、神霊と交流するための音楽、男女の掛け合いの歌、超自然的な物語、イニシエーションのための酒や薬草、ありとあらゆる方法をもって日々の労働と生活を夢と神秘によって彩ろうとしたのです。この世界では誰もがクリエイターであり、労働、信仰、芸術、経済、遊びは一体となっていました。
    労働とは、遊びであり、生きがいである、そのようなあり方が人間にとっての労働の本来の正しい姿であると言えます。

  • 【現代の労働を超えるための2つの方法】
    労働に楽しみと生きがいを与える、社会や制度が労働をそのような本来の姿に戻してくれるのを待っていたのでは、それが実現しないうちに一生が終わってしまいます。
    この問題を解決するためには、労働をする必要が無いくらいのお金を稼ぎ、経済的自由を得ることが一つの手っ取り早い方法です。経済的自由を得れば、人生の時間を自由に使うことが可能となり、自由となった時間を自分の本当に価値を感じることのために使う生き方ができるからです。
    もう一つ考えられる方法は、自己というものに焦点を合わせ、自分が本当にやりたいことだけをすることでお金を稼げる方法を獲得することです。世の中で需要のあるものの中から自分の好みのものを見つけだし、そこから収益をもたらしてくれるようなビジネスモデルを作るという発想です。これも客観的に見れば需要に従っているわけで、誰かの金儲けのために奉仕しているのですが、自分の好きなことだけをして時間を過ごすことにより労働からもたらされるストレスを大いに軽減できるという考え方です。

  • 【情報通信の発達が後押しする個人の飛躍】
    「お金を得て労働する時間をゼロに近づける」、「自分の好むことだけをやって収入を得る」いずれの方法にしても最終地点は同じで、人生の時間を自己のために生きることが出来るようになるということです。この目標を達成していくためには、社会の中で個人的に飛躍していく生き方が必要となります。現代社会ではこの個人的飛躍を容易にさせてしまう環境が整いつつあります。
    20世紀以降の情報通信技術の飛躍的発達が世界のネットワーク化を徹底して促進し、個人が自由に情報を作って世界に発信することが可能となりました。一方、企業は情報ネットワークの世界に積極的に入り込んで効率良く自社利益をあげるためのあらゆる方法を模索するようになりました。その結果、個人がネットワークにつながった端末を使うだけで、企業利益に貢献してその報酬を得ることができる様々な方法が用意されるようになったのです。
    また、他人の生産した物を安く仕入れて、高く売ることを一般に商売といいますが、この商売の営みについても、コンピュータシステムとアウトソーシングを駆使して限りなく自動化していくことが可能となっています。
    「個人が世界に情報発信ができる」「個人が仕組みを作って収入を得ることができる」この2つを掛け合わせることにより、工夫と努力次第で、「短時間作業で多額の報酬を得る」、「自分の好むことだけをやって収入を得る」この2つを共ながら実現してしまうことが可能となったのです。
    情報通信技術の発達が社会における個人の飛躍を可能としました。そして、個人が社会から自由になり自立した人生を歩むことのできる道が大きく切り開かれたのです。

  • 【資金の増幅と財の獲得】
    まとまった現金を作ることに成功しさえすれば、次はそれを投資によって増幅させていく道が開かれます。 お金というものの本質は人々が共有している幻想であり、その価値がはっきりと定められているわけではありません。例えば日本の社会で1万円を提出すると、何等かのモノやサービスと交換してくれることから、そこに共有されているルールがあることがわかります。しかし、どの程度の価値のあるモノやサービスと交換できるのかという点についてははっきりとした定めはありません。このことからお金の価値には実体がなく、自在に変化する幻想のようなものであることが理解できます。
    また、お金はそれを所有するという概念と結びついていますが、その価値を享受するためにはそれを他人の所有物にしてあげなければなりません。そのため、社会全体から見るとお金はその所有者が移り変わり続けることよってその有用性が発揮されているのであり、お金は誰のものでもなく、天下の廻りものなのだということがわかります。
    このようなお金の持つ不安定な性質を逆に利用し、相場変動の差分を掠め取る、トレードと呼ばれる方法が可能となっています。お金によってお金を生み出す安定したトレード手法さえ体得できれば、資金はトレードを複利的に繰り返すことによりいくらでも増幅させていくことが出来ます。

    お金とは共有された幻想であり、天下の廻りものです。資金を増幅させることに成功したとしても、ハイパーインフレが起きて価値が殆どなくなってしまうことがあり、預金封鎖により自分が所有しているはずの口座からお金がおろせなくなってしまうことも現実にあります。そのため、お金は安定した資産に置き換えることにより財産となります。また、どのような事態になっても独力で稼ぐことが出来、さらに増幅させる方法を身につけているならば、それは最強の財産と言えるでしょう。

  • 【現代社会の超克】
    しかしながら現代人の多くの人にとって、社会から自立してく道には大きな壁、大きな障害があることも確かと思われます。現代の日本では、真理とは何か、存在とは何か、生命とは何か、人間とは何か、といった抽象的領域の問題追求をすることが強く封じられている傾向が顕著であります。抽象的領域に対する問題については考えたところではっきりとした答えは出せない、そのような事柄に時間を使うのは効率的でないと暗黙のうちに判断されているためのようです。そのため体制は人をして真に納得させるような理念を何も提示し得ず、文明の未来に対するまともなビジョンもなくただ経済効果だけを追求しているかのように見えます。そのため、現代社会にまともに適応してしまった人は、個人の飛躍に必要な、人間を人間たらしめている能力を根こそぎ削り取られ、あるいは封じ込められてしまっている可能性が高いと言えます。
    人間個人が自己を確立し、社会から自立していくためには、自分にしか出来ないことを作り上げあるいは表現していく創造力、時間を有効に使うための集中力、必要なお金を自ら稼ぎ望む事柄を実現していく力、考えては分からない事柄を追求するための道を知る力、これら4つの力を開発していくことが必須条件です。これら4つの力はすべて先にあげた抽象的領域の問題を追及することにより養われる力であります。
    創造とは古きをたずねて新しきを知っていくこと、古きこととは、まさしく真理とは何か、存在とは何か、生命とは何か、人間とは何か、といった抽象的領域を意味します。
    抽象的領域を追求するためには、自己の意識を深く掘り下げ観察していかなければならないため、自ずと集中力が養われます。
    願望を成就していく営みは、存在の法則、抽象的領域を貫く原理を客観的、経験的に確かめ、実証していくことを意味します。
    抽象的領域を貫く原理は、単なる考えでは把握でず、思考から解放され、中道を実践することによりそれを知っていくことができます。
    現代社会では、物事の本質の追究は常に後回しにされ、目前の目的を達成するためのマニュアル化された手順を覚えこむことばかり強制されるので、それに適応してしまう人は、創造能力が消えている可能性が高いです。
    そしてこの世に生まれるや否やメディア等を通してガラクタのような情報と観念を大量に脳に流し込まれ続けるので、集中力は無いに等しい状態になっていると考えられます。
    また、自我意識の表層だけを捉えてそれを操作していこうとするため、人生そのものや運命を創造していくという概念が生まれません。
    同様に人間の思考によって作られた設計にもとづき現実を変えていこうとする実践ばかりさせられるため、目と鼻の先にある無為自然の道というものを見ることもなく生涯を終えてしまいます。

    総じて言えば、現代の日本に生まれた人々は、組織に頼って生きることしか出来ない模範的なサラリーマンになるように教育によって仕立て上げられているようです。そして組織の利益のために働くに必要な能力と価値観だけがインプットされていて、真理とは何か、存在とは何か、生命とは何か、人間とは何か、といった抽象的領域に対する問題を提示されたとたんに脳機能を停止させるように洗脳されています。このような人材の集合体によって、政治や行政や法律や文化や経済活動が運用されているため、現代の日本の社会自体に何か意味あるものを期待することは無駄といえます。人間としての自由を得たければ、体制に期待するのではなく、体制をいかに利用するかという視点を常に持ち、人間的能力の閉塞を打ち破って、社会からの個人的な飛躍を目指すしかありません。

  • 【自立への道】
    現代社会がどうであれ、社会から個人が自立していく道は、そのために必要な手順を順に実践していけば難しいことではありません。
    自己を観察することから始め、自分のテーマを明らかにしていきます。心によって心を観察し、自己を制御していくことを体得します。他を理解し、世界の仕組みを学びます。自分自身をお金にしていく方法を模索し、願望の成就をしていきます。そして自分にしかできないことを明らかにし、それを広く世界に与えていくための仕組みを構築します。
    現代社会の桎梏から自由になり、限られた人生の時間を可能な限り自分自身のために使い、自分にしかできないことを他に与えられるようになること。それが目指すべきあり方と言えます。その目標に到達するために自分自身を抑圧する必要はなく、最終地点を今すぐ開始することができます。今無いものは未来にも無く、未来にあることは必ず今あるからです。自己を観察し、自己を掘り下げ、自己を知り、自己を表現していくこと、それが、スタートであると同時にゴールとなることでしょう。

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